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帰ってきたヒトラーとひっとらぁ伯父サンについて

※映画は観てないので本の感想、比較です。ネタバレ注意。

 

 

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

 

 

 

帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫)

帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫)

 

 

藤子不二雄Aブラックユーモア短篇集 (1) (中公文庫―コミック版)

藤子不二雄Aブラックユーモア短篇集 (1) (中公文庫―コミック版)

 

 

最近話題になってるこの小説と藤子A先生のこの漫画、どちらも「現代に現れたヒトラーらしき存在が周りを巻き込み、段々と周りまで変容していく」課程を描いた作品で共通するテーマに見えるよね。

でも、読んでみると外枠が似ててもテーマがまるで違う。

 

『帰ってきたヒトラー』の方はあくまで現代の風刺小説であり、エンタメ小説として読み流せる。確かに毒のある風刺も作品の中に入っているけれども、最後以降の部分を描かずに切った事からも「これはエンタメ小説なんだよね」っていう安心感がどこかにある作品だと思う。本当に風刺をしたいならあれ以上先を描いた方が絶対良かったし、あくまで「これはエンタメだ」って範疇で作品を終わらせてる。だからこそ広く読まれたんだろうし。

 

一方「ひっとらぁ伯父サン」の方は「一体これは何なのだろう?」って感想になると思う、現代の風刺もエンタメ要素も読み取る事が出来ずに、そこにあるのは何かわけのわからないものを見せられた薄気味悪さ。

『帰ってきたヒトラー』では一応ヒトラーがのし上がる課程に筋道が立てられているけども、「ひっとらぁ伯父サン」はこちらの理解が及ばないままひっとらぁ伯父サンがのし上がっていく。周りまで伯父サンの狂気に知らない間にあてられてる感じ。読んでいる間はそこに違和感をあまり感じないけども、読んだ後はやっぱりこれで薄気味悪さを感じる。

 

この薄気味悪さは藤子Aの作品に割と共通していると思うけども「ひっとらぁ伯父サン」はわりかしそれが強め。「ひっとらぁ伯父サン」も中途半端なところで切ってるけども、この先を描く構想があったのかここで初めから終わりにするつもりだったのかがちょっと知りたい。あの先が少しあっても良かったと思うんだけどなぁ。まぁあそこで終わらせてるから「なんだろうこれ??」って感想になるんですが。

 

どちらが好きかというと自分は藤子Aのが好きなんだけども、他の人はどうなんでしょう。