読書感想
ちょっと前に秘封×ドストエフスキーな二次創作の『カラーバー・イン・ザ・ブラックボックス』を読んで感想を書いたらドストエフスキーを読み返したくなったのでこれの感想。
でも、もしこの世の中で、おかがおかしな人間であることを誰よりもよく知っている者がいるとすれば、それはおれ自身なのだ。にもかかわらず、奴らは誰ひとり、それを知りもしなければ、気づきもしなかった。
あの女の子さえいなかったら、間違いなく引き金を引いていたはずなのだ。
いやまったく、ここは、まだ原罪に穢されてない土地なのだ。そして、住んでいたのも、罪というものをまったく知らない、人類の先祖が堕罪の前に住んでいたあの、伝説の楽園の住人たちだったのである。ただ違っていたのは、ここがまるごと楽園だったということだ。
そういうことさ、とどのつまり、おれは彼らみんなを堕落させてしまったのだ!どうしてそんなことになったのかわからないが、とにかく記憶だけははっきりしている。夢は何千年かを飛び越して、ただおれに〈全一なるもの〉の印象を強烈に印したのである。要するに、わかっているのは、堕罪の原因がこのおれだったということだけだ。忌まわしい旋毛虫のように、全土を汚染するペストのばい菌のように、自分が来るまでは罪というものを知らなかった幸福そのものだったあの土地を、おれはすっかり毒してしまったのである。
おれは、手を揉みしぼりながら彼らのあいだを歩きまわり、彼らのために泣いた。でも、ひょっとしたら、おれは、彼らの顔に苦悩が浮かんでいなかったころ、そう、彼らが無垢で清らかで美しかったころよりも、もっとずっと彼らを愛していたかもしれない。彼らが穢した地球を、おれは、まだそれが楽園であったときよりも、さらに愛するようになった。それはただ、そこに悲しみというものが現れたからにすぎない。ああ、おれはいつもその悲しみと憂いを愛してきたのだが、しかしそれは、おのれの、もっぱら、自分のための悲しみだったのだ。彼らのことで泣いたのは、彼らを憐れんだからある。おれは彼らに手を差しのべながら、絶望のあまりわれとわが身を責め、呪い、軽蔑した。
自分がおかしいと思っている疎外感を感じている主人公が人生に絶望し自殺しようとするも、少女と出会う事により、別世界の夢を見る事により人生観が変わって……という掌編。また、男は夢の中でその世界を堕落させてしまう。
他のドストエフスキー作品同様いろんな本に所収されてますが、短い話なだけあってドストエフスキー作品の中ではあまり感想を見ない部類の作品。
でも、他のドストエフスキー作品に入っているような要素がかなり入っているので強く印象に残る本。110ページくらいだけどもいろんなものがつめ込まれてる。男が堕落されてしまう夢の世界の部分はいろんな示唆に富む部分として読むのも良いし、単なる幻想的な、SF的な部分として読むのも楽しい。理想郷がダメになっていくような話って良いよね。
そして何より訳文が良いのか原文そのものが良いのか、いろんな文章をメモして読み返したくなるような作品なんだよね。ここにあげた文章以外にも引用したいところはたくさんあるけどもやりすぎると怒られそうなのでここらへんで。。
個人的にドストエフスキーで一番好きな訳かもしれない。
今は光文社古典新訳文庫版もあるよ
あとこの作品はアニメ映画化もされてたり。ぱっと見る分には実にアートアニメだなぁ…って感じだね