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古事記読み比べ

古事記の現代語訳はいくつかあって、福永武彦訳が一番入手しやすくメジャーだと思うのですが、今回は河出日本文学全集の池澤夏樹訳で再読してみました。

父親(福永武彦)の訳が名訳として名高いのでそれに挑んだ息子の池澤夏樹訳はどうかなぁ……と思ってたのですが案外読みやすいのでよかったです。福永武彦訳はいい文章だけどもいま読むととっつきにくい堅苦しさがあるしね(それも含めての名訳だけど)。青空文庫にも武田祐吉訳が置いてあるよ。どれがいいかは読み比べると面白いよ。

最初に読むなら池澤夏樹訳が一番すんなり入ってくると思う、その後で福永武彦訳のしっかり固められた訳文を楽しむのがいいと思いました。池澤夏樹訳は下に注釈がかなり入っていて「神名の意味はよく分からない(40p)」「数が合わない(38p)」「不明(143p)」などと率直な感想が入っていてここも面白いよ。

そのうち石川淳訳でも読みたいけどももはや家のどこにあるかが不明……。本棚の整理はきちんとしましょう。

東方その他の作品の元ネタも数多く転がっているのでそれを漁るのも楽しいよ。

 

古事記 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集01)

古事記 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集01)

 

 

現代語訳 古事記 (河出文庫)

現代語訳 古事記 (河出文庫)

 

 

 

新釈古事記 (ちくま文庫)

新釈古事記 (ちくま文庫)

 

 

(武田祐吉訳) 

図書カード:古事記

 

古事記 03 現代語訳 古事記

古事記 03 現代語訳 古事記

 

 

 

さて、読むと登場人物の性格のくずっぷりがとにかく印象について面白い古事記。

福永武彦訳と池澤夏樹訳ではかなり印象が違っているのはちょっと読んだだけでも分かると思う。池澤夏樹訳全体的にかなりフランクな言葉にしているし、福永武彦訳が好きな人はこれを嫌う人もいるのだろうけども、読みやすくなっているので自分はいいと思う。ただ、池澤夏樹訳は読みやすさにかなり特化しているような訳で、こういうアプローチでしか父親の訳に挑めなかったのかなぁ。とも思ってしまう。まともに名文調の訳にしようと思うと絶対父親に勝てなかった事を分かっていたのかなぁ。みたいな。

以下ちょっと武田祐吉訳も含めた比較(石川淳訳も読んだら追加するかもしれない)。

 

・イザナギとイザナミの子作り描写、最初なので割と有名なところ

福永武彦訳

「お前の身体は、どのようにできているのか?」

「私の身体は、これでよいと思うほどにできていますが、ただ一ところだけ欠けて充分でないところがございます。」

こう女神は答えた。イザナギノ命がそれを聞いて言うには、

「私の身体も、これでよいと思うほどにできているが、ただ一ところ余分と思われるところがある。そこでどうだろう、私の身体の余分と思われるところを、お前の身体の欠けているところにさし入れて、国を生もうと思うのだが。」

「それは、よろしゅうございましょう。」

こうイザナミノ命も同意した。

「それでは私とお前とで、この中央の柱のまわりを両方から廻り、行き会ったところで夫婦のかためをしようではないか。」

このように約束を定めて、さらに男神が言うには、

「それならばお前は柱の右側から廻りなさい。私は左側から廻ろう。」

約束がととのい、男女の神はいよいよ柱の右と左とから廻り始めたが、その時にイザナミノ命が、まず、

「あなにやしえおとこを。」

ああ、なんという見目麗しい人でしょう、と感嘆した。

そのあとを追って、イザナギノ命が、「あなにやしえおとめを。」

ああ、なんという見目麗しい乙女だろう、と感嘆した。

ともに声を上げてのちに、イザナギは妻なる女神に、「女のほうが先にものを言ったのは、よくないしるしだ。」

こう叱言を言ったが、しかしそのまま寝所へはいってともに寝た。やがて生まれたのは骨のない水蛭にも似た醜い水蛭子だったので、この御子は、葦の葉を編んで作った葦船に入れて、流し棄ててしまった。次に生まれたのは淡島、これは軽んじ憎むという意味からつけられた名称であろう。この淡島も、御子のうちには数えない。

池澤夏樹訳

「きみの身体は、どんな風に生まれたんだい」と問うた。

イザナミは、「私の身体はむくむくと生まれたけれど、でも足りないところが残ってしまったの」と答えた。

それを聞いてイザナギが言うには──「俺の身体も、むくむくと生まれて、生まれ過ぎて余ったところが一箇所ある。きみの足りないところに俺の余ったところを差し込んで、国を生むというのはどうだろう」と言うと、イザナミは、

「それはよい考えね」と応えた。

そこでイザナギが言うには──

「では、今から二人でそれぞれこの天の柱を右と左から廻って、向こう側で会ったところでで性交ということをしてみよう」と言った。

「きみは右から行って。俺は左から行くから」

そうやって柱を廻って、反対側で会った時、まずイザナミが、

「ああ、なんですてきな男」と言い、その後でイザナギが、

「ああ、なんていい女なんだろう」と言った。

二人とも言い終えてからイザナギが妹に向かって、「女の方が先に口をきいたのはまずかったかな」と言った。

その言葉のとおり、二人でおごそかに性交をした結果生まれたのは蛭のようなぐにゃぐにゃな子だった。この子は葦で作った舟に乗せて流してしまった。

その次に生まれた子も淡い島のような子で、これも失敗。

ここで二人が相談して言うには──

「今回生んだ子はどうもよくない。天つ神に報告しよう」と言った。

そこで二人して天に昇って天つ神の教えを請うた。

すると天つ神がことを占って言うことには──

「女の方が先に言葉を発したのがよくなかった。戻ってもう一度、やり直してごらん」と言った。

 

武田祐吉訳

そこでイザナギの命が、イザナミの女神に「あなたのからだは、どんなふうにできていますか」と、お尋ねになりましたので、「わたくしのからだは、できあがつて、でききらない所が一か所あります」とお答えになりました。そこでイザナギの命の仰せられるには「わたしのからだは、できあがつて、でき過ぎた所が一か所ある。だからわたしのでき過ぎた所をあなたのでききらない所にさして國を生み出そうと思うがどうだろう」と仰せられたので、イザナミの命が「それがいいでしよう」とお答えになりました。そこでイザナギの命が「そんならわたしとあなたが、この太い柱を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りあつて、結婚をしよう」と仰せられてこのように約束して仰せられるには「あなたは右からお※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りなさい。わたしは左から※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)つてあいましよう」と約束してお※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りになる時に、イザナミの命が先に「ほんとうにりつぱな青年ですね」といわれ、そのあとでイザナギの命が「ほんとうにうつくしいおじようさんですね」といわれました。それぞれ言い終つてから、その女神に「女が先に言つたのはよくない」とおつしやいましたが、しかし結婚をして、これによつて御子みこ水蛭子ひるこをおみになりました。この子はアシの船に乘せて流してしまいました。次に淡島あわしまをお生みになりました。これも御子みこの數にははいりません。

 

・イザナギとイザナミが神々を生むところ、単純な部分でもこれだけ違う。これが訳文読み比べの楽しさ。福永武彦は絶対に「ゲロ」、「ウンコ」、「オシッコ」なんて言葉は使わなかった。

 

・福永武彦訳

この御子は燃える火の神であったために、御子を生むにあたってイザナミの女神は陰処〔女陰〕を焼かれて、そのため煩って床に就いた。その時に女神の嘔吐したものから生まれたのが、鉱山をつかさどる金山毘古神(カナヤマビコノカミ)。次に同じく金山毘売神(カナヤマビメノカミ)。次に糞から生まれたのは、肥料をつかさどる波邇夜須毘古神(ハニヤスビコノカミ)。次に同じく波邇夜須毘売神(ハニヤスビメノカミ)。次に尿から生まれたのは、耕地を灌漑する水をつかさどる弥都波能売神(ミツハノメノカミ)

 

・池澤夏樹訳

これが火の神であったために生んだイザナミはホトが焼けただれて病に伏せった。

病んだイザナミのゲロから生まれたのが

金山毘古神(カナヤマ・ビコのカミ)と

金山毘売神(カナヤマ・ビメのカミ)。

ウンコから生まれたのが

波邇夜須毘古神(ハニヤス・ビコのカミ)

波邇夜須毘売神(ハニヤス・ビメのカミ)

オシッコから生まれたのは、耕地を灌漑する水をつかさどる彌都波能売神(ミツハノメのカミ)

 

 

・武田祐吉訳

このをお生みになつたためにイザナミの命は御陰みほとが燒かれて御病氣になりました。その嘔吐へどでできた神の名はカナヤマ彦の神とカナヤマ姫の神、くそでできた神の名はハニヤス彦の神とハニヤス姫の神、小便でできた神の名はミツハノメの神とワクムスビの神です。

 

古事記と対応する東方元ネタについても語りたかったけども全部引用するとキリがないので天探女の部分とコノハナサクヤヒメの部分だけ

 

・アマノサグメ登場シーン、福永武彦訳だけ探女を「心のねじくれた召使の巫女」って文章が追加されてるのはなんでだろう?これ以外の訳だとどうなってるのかな?

 

福永武彦訳

そこで一同の神々を代表してオモヒカネノ神が答えるには、

「雉名鳴女(キギシナナキメ)を使いに出してみたらよろしいでしょう。」

そこで次のような命令を与えた。

「お前は飛んでいって、アメワカヒコにこう訊くがよい。お前を葦原中国に出したのは、その国の荒らすさぶ神々をやわらげて、帰順させるためであった。それなのになんとしたことか。八年もなるのに戻って復命しないとは?こう訊け。」

このように命令した。

雉のナキメは、さっそく天から地上に舞い下りると、アメワカヒコの家の入り口にある。枝葉の繁った桂の木の上に止まって、天神から受けた命令を、そのまま一語も洩らさずに復唱した。ここに天佐具売(アマノサグメ)という心のねじくれた召使の巫女がいて、この鳥の言うのを聞いていたが、アメワカヒコに向かい、

「この鳥は、鳴く声がひどく不吉に聞こえます。こんなのは射殺しておしまいになったら。」

こう言いすすめたので、アメワカヒコはさっそく、天神からいただいた天之波士弓と天之加久矢とを持ち出して、この雉を射殺してしまった。ところでその矢は、雉の胸を突き通して、さらにさかさまに、空へ空へと射上げられ、ついには安河原にいたアマテラス大御神と高木神(タカギノカミ)のもとへと届いた。このタカギノ神は、タカミムスビノ神の別名である。そこでタカギノ神が、その矢を手に取って眺めてみたところ、矢の羽に血がついていた。そこでタカギノ神は、

「この矢は、アメワカヒコに授けられた矢だ。」

こう言って、多くの神々にこの矢を見せ、次のように宣言した。

「もしアメワカヒコが、命令されたとおりに、荒れすさぶ神を射通して、そのはずみにここまで矢が飛んできたものなら、これはアメワカヒコに当たるな。しかしもし反対に、命令に背く心を隠し持っているのならば、アメワカヒコ、この矢に当たって失せろ!」

こう宣言したうえで、その矢を取って、矢の射通ったその穴から、元のところ目がけて突き返した。その時アメワカヒコは、たまたま足台の上に横になって寝ていたが、矢はその仰向いた胸板に当たり、たちどころに死んでしまった。

これが「還矢恐るべし」──還矢はきっと当たる、と言う諺のもとである。

 池澤夏樹訳

神々とオモヒカネノは

「鳴女(ナキメ)というなの雉をお遣わしませ」と言った

そこでタカミムスヒとアマテラスは雉の鳴女に「これから下界に行って、アメワカヒコに『お前を葦原中国にやったのは、その乱暴な神々を説得、服従させるためであった。なぜ八年もたったのに戻って報告しないのか』と聞いてこい」と命じた

雉のナキメは、天から降って、アメワカヒコの家の門の前にある湯津香木の上にとまり、神様から預かってきた問いをそのまま間違いなく繰り返した。

すると、天佐具売(アメのサグメ)という女がいて、この鳥の言うのを聞いて、アメワカヒコに向かって「嫌な鳥の声ですねえ。射殺してしまいましょう。」とそそのかした。

そこでアメワカヒコは天の神様から授かった天の波士弓と天の加久矢とを持ち出して、この雉を射殺した。でその矢は、雉の胸を貫通して、逆さまに昇り、天安河の河原にいたアマテラスと

高木神(タカギのカミ)

すなわちタカミムスビノのところまで届いた。

高木神が手に取ってみると矢羽根に血が付いていた。

「これは、アメワカヒコに授けた矢だ。」とタカギは神々に言って矢を見せ、「もしこれが、アメワカヒコが命令のとおりに、悪い神どもを射るのに放った矢ならばアメワカヒコに当たるな。しかしもし邪心をもって射た矢ならばアメワカヒコを死なせよ」と言って、矢をもと来た穴から投げ返した。

矢は新嘗祭の儀式の床に横になっていたアメワカヒコの胸板に刺さった。「還矢は当たる」という諺はここから生まれた。

 

 

武田祐吉訳

そこで大勢の神たちまたオモヒガネの神が申しますには、「キジの名鳴女ななきめりましよう」と申しました。そこでそのキジに、「お前がつて天若日子に尋ねるには、あなたを葦原の中心の國に遣したわけはその國の亂暴な神たちを平定せよというためです。何故に八年たつても御返事申し上げないのかと問え」と仰せられました。そこでキジの鳴女なきめが天から降つて來て、天若日子の門にある貴いかつらの木の上にいて詳しく天の神の仰せの通りに言いました。ここに天の探女さぐめという女がいて、このキジの言うことを聞いて天若日子に「この鳥は鳴く聲がよくありませんから射殺しておしまいなさい」と勸めましたから、天若日子は天の神の下さつたりつぱな弓矢をもつてそのキジを射殺しました。ところがその矢がキジの胸から通りぬけて逆樣に射上げられて天のヤスの河の河原においでになる天照らす大神高木たかぎの神の御許おんもとに到りました。この高木の神というのはタカミムスビの神の別の名です。その高木の神が弓矢を取つて御覽になると矢の羽に血がついております。そこで高木の神が「この矢は天若日子に與えた矢である」と仰せになつて、多くの神たちに見せて仰せられるには、「もし天若日子が命令通りに亂暴な神を射た矢が來たのなら、天若日子に當ることなかれ。そうでなくてもし不屆ふとどきな心があるなら天若日子はこの矢で死んでしまえ」と仰せられて、その矢をお取りになつて、その矢の飛んで來た穴から衝き返してお下しになりましたら、天若日子が朝床あさどこに寢ている胸の上に當つて死にました。かくしてキジは還つて參りませんから、今でもことわざに「つたきりのキジのお使」というのです。

 

・コノハナサクヤヒメ登場シーン

福永武彦訳

日嗣の御子であるヒコホノニニギノ命は、笠沙の岬で、みめうるわしい乙女に会った。そこでさっそく、「誰の姫か?」こう尋ねた。乙女が答えるには、「大山津見神(オホヤマツミノカミ)の娘で、名前は神阿多都比売(カムアタツヒメ)と申します。また別名は、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)と申します。」そこでさらに、「お前には兄弟があるのか?」こう訊いたところ、「姉に、石長比売(イハナガヒメ)がございます。」こう答えた。

そこで思うところを打ち明けて、

「私はお前を妻にして、ともに寝たいと思うのだが、お前の気持ちはどうだろうか?」

こう尋ねたところ

「私からはなんとも申し上げられません。父のオホヤマツミノ神の口から、お返事いたしましょう。」

こう答えた。

そこでさっそく、父のオホヤマツミノ神に使を出して、姫を妻にしたいと所望した。父神はたいそう悦び、百に及ぶ机の上に結納の品物を積み重ね、これを持たせて、これを持たせて、コノハナサクヤ姫ばかりでなく、姉のイハナガ姫をも一緒に添えて、娘をさしあげた。

ところがこの姉のほうが、ひどく醜い顔をしていたので、命は一眼見るなる怖気をふるって、さっそく父神のもとへ返してしまった。そして妹コノハナサクヤ姫だけを留めて、一夜、寝所にはいってともに寝た。

そこでオホヤマツミノ神は、イハナガ姫だけが返されたことをたいそう恥じて、次のように言い送った。

「私が娘二人を、一緒にさしあげたというのも、イハナガ姫のほうはその名前の示す通りに、天神の代々の御子のお命は、雨が降り風が吹こうとも、びくともしない岩のように、とことわに揺らがしますようにと、またコノハナサクヤ姫のほうは、その名前の示しますとおりに、桜の花の咲き匂うように栄えますようにと、このようにうけいの誓いを立てて、さしあげたものでございます。それにもかかわらず、今、イハナガ姫をお返しになり、コノハナサクヤ姫のほうのみをお留めになったのですから、天神の御子のお命といえども、桜の花の散るように、脆くはかないものとなりましょう。」

このように言い送った。

こういうわけで、今にいたるまで、代々の天皇の命は長くないのである。

 

 

池澤夏樹訳

ホノニニギノ命は笠沙の岬で、若い女に出会った。

「おまえは誰の娘か?」と問うと、

「大山津見神の娘、名前

は神阿多都比売(カム・アタ・ツ・ヒメ)、まの名を、

木花之佐久夜毘売(コのハナノ・サクヤ・ビメ)と申します」と答えた。

「お前には兄弟姉妹は居るか」と問えば、

「石長比売(イハナガ・ヒメ)という姉がいます。」と言う。

そこでホノニニギは、

「おまえを妻として共寝したいと思うが、いかがか」と問うた。

「お答えはわたくしの口からは申せません。父のオホヤマツミノから申し上げましょう」と答えた。

父なるオホヤマツミノに娘を欲しいと伝えると、相手はたいそう悦び、木花之佐久夜毘売に姉の石長比売も添え、百基の机にも余るほどの祝いの品を持たせて送り届けた。

しかし姉のイハナガヒメはとても醜かった。ホノニニギは一目見てこの娘を返してしまい、コノハナサクヤビメと一夜だけ楽しく共寝をした。

オホヤマツミノは、姉のイハナガヒメを突き返されたことを屈辱と思い、言ってきたのは──

「娘を二人そろえてお送りしたのは、イハナガヒメをお側に置かれれば、この先、天つ神の御子の寿命が、雪が降ろうっが風が吹こうが、ずっとし岩のように確実な長いものになるからでございました。またコノハナサクヤビメを差し上げたのは、木に咲く花のように御代が栄えることを願ってのことでございました。、お側にコノハナサクヤビメだけを留められた以上、天つ神の御子の寿命は木の花のように儚いものになるでしょう」と言った。

その故に今に至るまで天皇の命は長くないのである。

 

 武田祐吉訳

さてヒコホノニニギの命は、カササの御埼みさきで美しい孃子おとめにお遇いになつて、「どなたの女子むすめごですか」とお尋ねになりました。そこで「わたくしはオホヤマツミの神のむすめの花のくや姫です」と申しました。また「兄弟がありますか」とお尋ねになつたところ、「姉に石長姫いわながひめがあります」と申し上げました。依つて仰せられるには、「あなたと結婚けつこんをしたいと思うが、どうですか」と仰せられますと、「わたくしは何とも申し上げられません。父のオホヤマツミの神が申し上げるでしよう」と申しました。依つてその父オホヤマツミの神にお求めになると、非常に喜んで姉の石長姫いわながひめを副えて、澤山の獻上物を持たせてたてまつりました。ところがその姉は大變醜かつたので恐れて返し送つて、妹の木の花の咲くや姫だけをめて一夜おやすみになりました。しかるにオホヤマツミの神は石長姫をお返し遊ばされたのによつて、非常に恥じて申し送られたことは、「わたくしが二人を竝べて奉つたわけは、石長姫をお使いになると、天の神の御子みこの御壽命は雪が降り風が吹いても永久に石のように堅實においでになるであろう。また木の花の咲くや姫をお使いになれば、木の花の榮えるように榮えるであろうと誓言をたてて奉りました。しかるに今石長姫を返して木の花の咲くや姫を一人お留めなすつたから、天の神の御子の御壽命は、木の花のようにもろくおいでなさることでしよう」と申しました。こういう次第で、今日に至るまで天皇の御壽命が長くないのです。