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読書感想

読書

 というわけでたまに書く読書感想。 

日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集08)

日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集08)

 

 福永武彦訳の今昔物語はさすがに真面目な文体での翻訳、伊藤比呂美訳の日本霊異記、発心集はちょっとだけ現代的な言葉に直している感じの翻訳。

これが正しい翻訳とかそういうのはあまり考えずにすんなり入ってくる文章(人によっては伊藤比呂美の訳は性的な部分が気に入らないかもしれない)

それよりもインパクトがあるのがやっぱり町田康訳の宇治拾遺物語、さんざん似たような感想が言われてますが、原文と読み比べるとこの翻訳のインパクトが分かると思うので両方貼ります。 

 

原文(日本古典文学摘集 宇治拾遺物語 巻第一ノ三 鬼に瘤取らるる事 原文

 

  1. これも今は昔右の顔に大きなる瘤ある翁ありけり
  2. `大かうじの程なり
  3. `人にまじるに及ばねば薪をとりて世を過ぐるほどに山へ行きぬ
  4. `雨風はしたなくて帰るに及ばで山の中に心にもあらず留まりぬ
  5. `また樵夫もなかりけり
  6. `怖ろしさすべき方なし
  1. `木の空虚のありけるに這ひ入りて目も合はず屈まり居たるほどに遥より人の声多くしてとどめき来る音す
  2. `いかにも山の中に只だ独り居たるに人の気はひのしければ少し生き出づる心地して見出だしければ大方やうやうさまざまなる者ども赤き色には青き物を著黒き色には赤き物を著犢鼻褌にかき大方目一つあるものあり口なき者など大方いかにも言ふべきにあらぬ者ども百人ばかりひしめき集りて火を貂の目の如くにともして我が居たる空虚木の前に居まはりぬ
  3. `大方いとど物覚えず
  4. `主とあると見ゆる鬼横座に居たり
  5. `表裏二列に居並みたる鬼数を知らず
  6. `その姿各云ひ尽し難し
  7. `酒まゐらせ遊ぶ有様この世の人のする定なり
  8. `度々土器はじまりて主との鬼殊の外に酔ひたるやうなり
  9. `末より若き鬼一人立ちて折敷をかざして何と云ふにかくどきくせせる事を云ひて横座の鬼の前にり出でて口説くめり
  10. `横座の鬼杯を左の手に持ちて笑みこだれたる様ただこの世の人の如し
  11. `舞ひて入りぬ
  12. `次第に下より舞ふ
  13. `悪しく舞ふもあり善く舞ふもあり
  1. `あさましと見るほどにこの横座に居たる鬼の云ふやう
  2. `今宵の御遊こそ何時にも勝れたれ
  3. `但しさも珍らしからん舞奏を見ばや
  4. `など云ふにこの翁
  5. `物の付きたりけるにや
  6. `また神仏の思はせ給ひけるにや
  7. `あはれ走り出でて舞はばや
  8. `と思ふを一度は思ひ返しつ
  9. `それに何となく鬼どもが打ちあげたる拍子の善げに聞えければ
  10. `さもあれただ走り出でて舞ひてん死なばさてありなん
  11. `と思ひ取りて木の空虚より烏帽子は鼻に垂れ掛けたる翁の腰にといふ木切る物さして横座の鬼の居たる前に躍り出でたり
  12. `この鬼ども跳り上りて
  13. `こは何ぞ
  14. `と騒ぎ合へり
  15. `翁伸び上がり屈まりて舞ふべき限りすぢりもぢりえい声を出だして一庭を走り廻り舞ふ
  16. `横座の鬼より始めて集まり居たる鬼ども感歎み興ず
 

 

町田康訳(河出書房新社 — 町田康訳「奇怪な鬼に瘤を除去される」(『宇治拾遺物語』より)

 

 これも前の話だが、右の頬に大きな瘤のあるお爺さんがいた。その大きさは大型の蜜柑ほどもあって見た目が非常に気色悪く、がために迫害・差別されて就職もできなかったので、人のいない山中で薪を採り、これを売りさばくことによってかろうじて生計を立てていた。

 その日もお爺さんはいつものように山に入って薪を採っていた。いい感じで薪を採って、さあ、そろそろ帰ろうかな。でも、あと、六本くらい採ろうかな、など思ううちに雨が降ってきた。ああ、雨か。視界の悪い雨の山道を歩いて、ひょっ、と滑って谷底に転落とかしたら厭だから、ちょっと小やみになってから帰ろうかな、と暫く待ったのだけれども、風雨はどんどん激しくなっていって、帰るに帰れなくなってしまった。
 そこでやむなく山中で夜を明かすことにして、広場のようなところに面した大木の洞に這い込んで膝を抱えた。
 夜の山中は真の闇で、人間の気配はまるでなく、魑魅魍魎の気配に満ちて恐ろしくて恐ろしくてならなかったが、どうすることもできなかった。
 眠ることもできないまま膝を抱えていると、遠くから大勢の人の話し声が聞こえてきた。
 やったー、人だ。捜索隊が派遣されたのだ。よかったー。「おーい、僕はここだよー」と叫ぼうとして、お爺さんは寸前で思いとどまった。
 この暗闇から、この不気味な顔を、ぬっ、と突きだしたら、それこそ変化のものと思われて撲殺されるかも知れない。なので近くまで来たら、小声で自分は奇妙な顔ではあるが人間である、と説明しながらそっと出て行こう、と思ったのである。
 しかし、それは賭けでもあった。なぜなら、捜索隊がお爺さんのいる方に近づいてくるとは限らず、明後日の方向へ行ってしまう可能性もないとはいえなかったから。でもまあ、そうなったら、つまり声が遠ざかっていくようであれば、そのときは声を限りに叫ぼう、そう思ってお爺さんが辛抱強くしゃがんでいると、幸いなことに声はずんずん近づいてきて、ああよかった。誰が来てくれたのだろう、見知った人であればよいが、と木の洞から少し顔を出して覗いて、お爺さんは驚愕した。
 お爺さんのいる木の洞に向かって歩いてくるのは捜索隊ではまったくなく、鬼の集まりであったからである。
 その姿形たるやはっきり言ってムチャクチャであった。まず、皮膚の色がカラフルで、真っ赤な奴がいるかと思ったら、真っ青な奴もおり、どすピンクの奴も全身ゴールドというど派手な奴もいた。赤い奴はブルーを着て、黒い奴はゴールドの褌を締めるなどしていた。顔の造作も普通ではなく、角は大体の奴にあったが、口がない奴や、目がひとつしかない奴がいた。かと思うと目が二十四もあって、おまえは二十四の瞳か、みたいな奴もおり、また、目も口もないのに鼻ばかり三十もついている奴もいて、その異様さ加減は人間の想像を遥かに超えていた。
 そんな奴が百人ほど、昼間のように明るく松明を灯し、あろうことか、お爺さんの隠れている木の洞の前に座って、お爺さんはもはやパニック状態であった。
 どうやら鬼はそこで本格的に腰を据えて宴会をするらしかった。いつしか雨はやんでいた。
 リーダー、って感じの鬼が正面の席に座っていた。そのリーダー鬼から見て右と左に一列ずつ、多数の、あり得ないルックスの鬼が座っていた。
 見た目はそのように異様なのだけれども、おもしろいことに、盃を飛ばし、「ままままま」「おっとっとっ」「お流れ頂戴」なんてやっているのは人間の宴会と少しも変わらなかった。
 暫くして酔っ払ったリーダーが、「そろそろ、踊りとか見たいかも」と言うと、末席から、不気味さのなかにどこか剽軽な要素を併せ持つ若い鬼が、中央に進み出て、四角い盆を扇のように振り回しながら、ホ、ホ、ホホラノホイ、とかなんとか、ポップでフリーな即興の歌詞を歌いながら、珍妙な踊りを踊った。
 リーダーは杯を左手に持ち、ゲラゲラ笑っており、その様子も人間そっくりで、酔っ払って油断しきった社長のようであった。
 それをきっかけに大踊り大会が始まってしまって、下座から順に鬼が立って、アホーな踊りを次々と踊った。軽快に舞う者もあれば、重厚に舞う者もあった。非常に巧みに踊る鬼もいたが、拙劣な踊りしか踊れない鈍くさい鬼もいた。全員が爆笑し、全員が泥酔していた。
 その一部始終を木の洞から見ていたお爺さんは思った。
 こいつら。馬鹿なのだろうか?
 そのうち、芸も趣向も出尽くして、同じような踊りが続き、微妙に白い空気が流れ始めた頃、さすがに鬼の上に立つだけのことはある、いち早く、その気配を察したリーダーが言った。
「最高。今日、最高。でも、オレ的にはちょっと違う感じの踊りも見たいかな」
 リーダーがそう言うのを聞いたとき、お爺さんのなかでなにかが弾けた。
 お爺さんは心の底から思った。
 踊りたい。
 踊って踊って踊りまくりたい。そう。私はこれまでの生涯で一度も踊ったことがなかった。精神的にも肉体的にも。こんな瘤のある俺が踊るのを世間が許すわけがない、と思うまでもなく思っていて、自分のなかにある踊りを封印してきたのだ。けれども、もう自分に嘘をつくのは、自分の気持ちを誤魔化すのは嫌だ。私はずっと踊りたかったのだ。踊りたくて踊りたくてたまらなかったのだ。いまそれがやっとわかったんだ!
 そこでお爺さんは飛んで出て踊っただろうか。もちろんそんなことはできるわけがなかった。というのは、そらそうだ、そこにいるのはとてもこの世のものとは思えぬ異類異形。そいつらが宴会をやっているところへ人間が闖入するなどしたら瞬殺に決まっている。
 お爺さんは歯を食いしばって耐えた。ああ、踊りたい。でも殺されたくない。
 葛藤するお爺さんの耳に、カンカンカカーンカンカンカカカーン、と鬼が調子よく奏でるパーカッションが心地よく響いていた。
 ああ、やめてくれ。自然に身体が動いてしまう。
 一瞬、そう、思ったが、もう駄目だった。気がつくとお爺さんは木の洞から踊りながら飛び出していた。
 悪霊に取り憑かれたか、なんらかの神が憑依したとしか考えられない所業だった。そのときお爺さんは思っていた。
 いま踊って死ぬなら、死んでもよい、と。あのとき我慢しないで踊ればよかった、と後悔したくない、と。
 楽しく飲んでいたところに突然、ぼろい帽子を被り、腰に斧を差した身元不明の老人が現れたので、その場に緊張が走った。「なんだ、てめぇ」と、何人かの鬼が立ち上がった。
 けれども、踊ること以外、なにも考えられない状態のお爺さんは気にせず踊った。踊りまくった。うんと身体を縮めたかと思うと、気合いとともにビヨヨンと伸びたり、身体を海老のように曲げたり、ときに娘のように腰をくねらせ、指先の表現にも細心の注意を払い、ときにロックスターのように律動的な文言で観客を煽りながらステージ狭しと駆け回ったり、と、伸縮自在、緩急自在、技、神に入って、お爺さん、一世一代の名演であった。

 

……章の最初の部分しか貼ってないけどももうむちゃくちゃ好き放題やってるよねこれ。勝手に原文にない文章を付け足したりしているし、原文に忠実な訳を(たぶん)しようとしていた福永武彦訳今昔物語と比べるとその違いは一目瞭然。宇治拾遺物語に元々あったおかしな部分、ばからしい部分を引き抜いてますますばからしい話にしている。まぁこれでも”原文にない雰囲気、解釈を出そうとした翻訳”ではなく”自分がこう解釈したんだから、その雰囲気を出すために文章を付け加えてしまおうって翻訳”にも思えるわけだから”なんだろうこの翻訳”ってインパクトの次に”これは面白い話なのでは?”って思えてくるんだよね。元々の話があほらしい話なので町田康の文体が合っているような気もしてくる。

 

僧がデタラメにカレンダーに暦を描いてそれを信じた女性が漏らす話(

日本古典文学摘集 宇治拾遺物語 巻第五ノ七 仮名暦あつらへたる事 原文)や、術により陰茎をとられてしまい、返してもらうものの”自分もその術を習得したい!”と思い修行する男の話(日本古典文学摘集 宇治拾遺物語 巻第九ノ一 滝口道則術を習ふ事 原文)なんかは昔から日本の人たちはあほらしい話が好きだったんだなぁ……って思う話だし。

 

ただこの”自分がこう解釈したんだから、その雰囲気を出すために文章を付け加えてしまおうって翻訳”の面白さ、ってあくまで原典以上の面白さしか出せない方法であって、”宇治拾遺物語にある話を自分の文体にした上で、自分なりの解釈で話そのものを置き換えてしまった芥川龍之介の諸作品”と比べてしまうとどうしても面白さは落ちる印象があるよね。。ここらへんに奇をてらった翻訳の限界がある気もしてくる。

この町田康訳はすごい面白い事は確かなんですよ。だけど”面白いなぁ”って感想で終わってしまって話そのものを深く読み込むような訳にはなってないわけで。

自分は芥川の「好色」「地獄変」あたりが大好きな人なので町田康訳「平中が本院侍従にやられる」「絵仏師良秀家の焼くるを見て悦ぶ事」 と比べるとすごい物足りなさを感じてしまった。芥川龍之介の作品はわざと原典とは違う終わり方をしていて、それでいて違和感がないという傑作たちだしね。

町田康訳を読んだら是非とも芥川の「芋粥」「好色」「地獄変」あたりを読んで町田康が出せなかったもの哀しさを感じて欲しいです。

 

以下は原文リンク、芥川龍之介作品リンク、町田康訳の対象ページ

 

・「道明が和泉式部の家で経を読んだら五条の道祖神が聴きに来た」

日本古典文学摘集 宇治拾遺物語 巻第一ノ一 道命阿闍梨和泉式部の許に於いて読経し五条道祖神聴聞の事 原文

芥川龍之介 道祖問答

(町田康訳は207~210ページ)

 

・「利仁将軍が芋粥をご馳走した」

日本古典文学摘集 宇治拾遺物語 巻第一ノ一八 利仁芋粥の事 原文

芥川龍之介 芋粥

(町田康訳は233~246ページ)

 

・「鼻がムチャクチャ長いお坊さん」

日本古典文学摘集 宇治拾遺物語 巻第二ノ七 鼻長き僧の事 原文

芥川龍之介 鼻

(町田康訳は247~252ページ)

 

・「絵仏師良秀家の焼くるを見て悦ぶ事」 

日本古典文学摘集 宇治拾遺物語 巻第三ノ六 絵仏師良秀家の焼くるを見て悦ぶ事 原文

芥川龍之介 地獄変

(町田康訳は260~261ページ)

 

・「平中が本院侍従にやられる」

日本古典文学摘集 宇治拾遺物語 巻第三ノ一八 平貞文本院侍従等の事 原文

芥川龍之介 好色

(町田康訳は276~282ページ)

 

・「蔵人得業恵印と猿岩池の龍の昇天」

日本古典文学摘集 宇治拾遺物語 巻第十一ノ六 蔵人得業猿沢の池の龍の事 原文

芥川龍之介 竜

(町田康訳は341~344ページ)